2015年7月11日土曜日

5人爺さん・高知へ行って食べる本場の初ガツオ旅

“朋遠方より来る有り、亦楽しからずや”論語なんて読んだ事も有りませんし何で知ったのかさえも分からないで書いていますが放射線治療が終わって副作用の症状も無く日課のウオーキングも10000歩/日に戻った日に会社OBの爺さん達が私の快気祝いだ!と称して四国は善通寺に来てくれました。

 “仲の良い友人とともに酒をくみかわし歓談する”孔子さんの喜びと同じ喜びを味わえるなんて感謝しなければいけませんね
。
 メンバーですが先輩で東京は八王子に住むロク爺さん・広島で共に働いたシゲ爺さん・生まれも育ちも東京なのに何故か九州は大分県日田市を終焉の地と決めたカズ爺さん、そして一番若く名古屋の会社で未だ頑張って働くヨウイチヤング爺さんとの呑み旅行です。

 勿論、何時もニコニコ割り勘旅行・・・これが長続きの秘訣ですかね、それも皆さんの遠地から善通寺までは自費ですから、お金をつかって来てくれて・・有り難い事です。

 5人爺さんメンバーとは2011年10月に広島(原爆ドーム)→呉(大和ミュージアム)と観て松山は道後温泉に宿泊し松山城・坂の上の雲ミュージアムを観光した仲間ですが、あれから早4年・・うう~ん・・早いっす。

 四国が良いと拘ったのはロク爺さんですが、さくら爺の所へ行くぞ、四国は何処が良い?そんな相談があって・・この時期!?高知の初ガツオだろうとなった訳です、本場の初ガツオメインの飲み懇親が目的ですから高知の宿泊はビジネスホテルそして翌日はちょっと贅沢に「こんぴら温泉」に泊まろう!?決めたのはこれだけで後は成り行きの旅行です。

 高知のホテルと「こんぴら温泉」手配はさくらじいが、初ガツオの店と四国内移動のレンタカー手配はシゲ爺の担当です。

 海外旅行と違って国内は成り行きで旅行が出来るのが良いね、何せ成り行き思い付きで行動する団塊世代ジジイの集団ですからね。

 シゲ爺がJR高松駅に在るレンタカー会社から日産の7人乗りワゴンを借り同駅で待ち合わせたカズ爺とヨウイチヤング爺を乗せ高松空港に到着したロク爺をピックアップ。

 高松空港~善通寺の我が家までは40分ぐらいの距離ですが途中、道の駅で讃岐うどんを昼飯にして我が家に到着したのでした。

 家に上がってコーヒーでも飲む?と言ったのですがコーヒーも飲まずに一路、善通寺インターから高速に乗って高知へGO・・・5人爺さん旅の始まりです。

 レンタカーを運転するシゲ爺が・・このメンバーの中でシゲ爺の運転が一番確かで次はヨウイチヤング爺でしょうか・・高知の何処に行く!?

 うう~ん、龍馬さんに挨拶をしないと・・


 到着したのが桂浜です、特に何もなく坂本龍馬の銅像があるだけなのですが先ずは坂本
龍馬さんに挨拶。  

太平洋はちくっと広いぜよ!と言われた様な??



 もう何十年も前に来たことがありますが当時と違うのは龍馬さんの目線で太平洋を眺める事が出来るようにと建築現場の足場で組んだ簡素な特設展望台が銅像に併設されている事でしょうか、一人100円でした。


同じ目線で観た太平洋、地球は丸いんだなあ~水平線が丸く見えます。


 場所を替えて下竜頭岬の展望台から同じ太平洋を眺めます。やっぱり丸い!?


 龍馬が思ったか定かではありませんがその目線の先はUSA


 お土産屋さんもありましたが特に見るでもなく・・そうだねえ~爺さん集団ってこんなものかもしれません。

 時間も午後4時をまわり丁度いい時間だね、と今日の宿である“はりまや橋”近くのビジネスホテルへ移動、ここでシゲ爺に替わってヨウイチヤング爺が運転手。


 ヨウイチヤング爺さん以外は皆さん年金暮らしで大名旅行は出来ませんから1日目はビジネスホテルで良いんじゃないのお~と・・何はさておき第一目的の初ガツオを食べに行きましょう。

 店の場所をホテルの明るい笑顔で可愛い顔をした従業員に聞いて・・だいたい、こう言う役目はシゲ爺さんとヨウイチヤング爺ですね。


 高知の街を歩いて目的の店へ


 未だ働いているヨウイチヤング爺がシャッターを切りました、残り4人は年金暮らしだから顔が判るけど・・暗いし、まあ~いいっか!?


 初ガツオのタタキを一番に注文して・・ええ~と次は・・高知でしか食えない物を食って生ビールから日本酒に変って・・喋って笑って三時間程でお開きに。

 今日は特別の日ですから多少のカロリーオーバーはご勘弁と言ったところでしょうか皆さんも同じだと思いますが、それでもやっぱり皆さん歳をとりましたなあ~適度な満腹感とほろ酔いでのお開きです。

 5000円/人の御勘定を割り勘で払い、店の前でパチリ、如何でしょうか正に円熟した大人の飲み会・・・!?でしょう。

ムム!お一方、お腹の出具合がちょっと心配です。

 帰りの道中にはりまや橋があります、つい数年前までは橋の欄干だけだったのですが(^^♪土佐あ~のお~高知のはあ~りまやば~あ~しで(^^♪と謳われて宣伝しているのに欄干だけかい!?と観光客の苦情が多かったらしく現在の「はりまや橋」下は川の様に整備されて公園になっているのです。


 ここではお土産を買いました、流石にかんざしはねえ~、サンゴのかんざしは高価です。


 出張の多かったサラリーマン時代、その習慣が抜けずにホテルに戻ってから、さくら爺の部屋に集まって500mmℓ缶ビールをプッシュ‐・・このビジネスホテルはコンビニとのコラボになっていてホテルにコンビニが併設しているのです、どうも朝飯はコンビニから続くレストラン??食道でと言う事らしい。
 
 適度な酒量で二日酔いも無く二日目は、やっぱり高知城は観なければと早い時間にしかも平日なのですが既に多くの観光客が天守を目指して歩いています。

  駐車場に車を置いて先ずは大手門


 これは誰でしょう??・・板垣死すとも自由は死せず・・板垣退助さんの銅像でした。

 そうですよね、このお方も土佐藩士でした。


 高知城を見学・・山内一豊が徳川家康から土佐一国を拝領し築城した、このお城ですが築城当時の天守です。

 写真が小さいしサングラスをかけているし・・


 石鎚山を観たあ~い!とロク爺さんは言っていたのですが時間が限られる事等の制約もあって断念し結局は高知市から国道32号を走りラフティングで有名になった吉野川が流れる大歩危から入った山奥は平家落人の地、祖谷のかずら橋を観に行くことにしたのです。


 この、つる植物(かずら)で作った吊り橋ですが遠目には何てことは無い様にみえるのですがイザ!?お金(500円)を払って渡り始めると!これが足元の隙間から谷底を見てしまい足がすくんで思わず!?蔓のかずらにしがみついてしまうのです。


 片道500円!ちょっと高いなあと最初は思うのですが、まあ一方通行で良かった!往復となると帰れない人が続出ではないかと?

 写真で見ると秘境なのですが今は観光地として外国の人も多く大きな駐車場も整備されています、20年ほど前はホンマに秘境だったのですけれどもねえ~


 谷川に降りる事も出来ます、流石に水はきれいです。


 大きな駐車場を出て次は大歩危のレストラン「まん中」で昼飯にしましょう。



 この辺は妖怪変化伝説の里と言う事で鳥取県の境港市に続く世界妖怪教会「怪遺産」認定をされているとか(こんな話が有名になるとマタゾロ韓国政府がイチャモンをつけてくるかもしれませんね)

 と言う事で大歩危のレストラン「まん中に」こんな切り紙がありました。

 因みに、ここには四国の秘境山城大歩危妖怪村があるそうです、同行の皆さんは興味が無かったのか気が付かなかったのか一言も話題にはなりませんでした。


 それよりも川下りをしよう!ヨウイチヤング爺は前回来た時に出来なかったから行こう行こうと皆をせかします・・・ほんじゃあ~乗るか。

 レストランの下から船着き場に下りる感じですが行きはよいよい帰りは怖い・・。


 ここはゴムボートで激流を下る競技のラフティングが有名な所で過日のニュースでは大歩危でラフティング世界大会を・・招致委が発足と報じていました。

 決まれば日本初の開催で70チーム700人規模の大会になるのだそうです。

 大会が開催されてからでは観光客が殺到しこんな気軽な川下りなんてできません、これは今がチャンスかも。

 水しぶきが顔を濡らす激流!?を想像しましたが、これは年齢制限のない観光川下りですから穏やかな流れを下って数100メートル、そうして船外機を使ってUターン・・戻ってくるのです。それでもライフジャケットの着用は必須です。


先に出帆した船がUターンして船着き場に戻っていきます。


 船から見える土讃線、高松~高知のJR土讃線ですが徳島池田~高知伊野町までは吉野川沿いを走っていると思うのですが。

 こんな所を走るのですから台風や大雨が降ると止まってしまいます、国道も同じ様な条件ですから大雨による通行止めなんてざらですね。

 もうだいぶ前になりますが繁藤の土砂災害は記憶に残っています。


 ラフティング競技が開催される程ですから水量はこんなにも豊富です。

 大雨が降ると一気に10m単位で増水するとか!?


 大歩危から1時間ぐらいでしょうか琴平町の「こんぴら温泉」に到着。

 ひとっ!風呂を浴びて会食に。


 ここでも喋って笑って3時間・・やっぱり2時間じゃあ短過ぎる!3時間くらいが丁度いいね、勿論その後は部屋で缶ビールをプッシュ‐・・言うまでもありませんが。
 
 夜も遅くなった9時過ぎにヨウイチヤング爺が外へ行こう!?言います。

 ここは何も無いよと言うのですがどうしても出てみたい・・どうですう~やっぱり何もないでしょう。


 ここは温泉と言っても金刀比羅宮の御参り客が殆どですから店は閉めるのが早いです。

 そうして今日も早めの就寝でした・・・・皆さん・・やっぱ爺さんになったねえ~

 そのぶん朝は早い!朝飯前に金刀比羅さん詣でを済ましてしまおう・・朝5時です。

 観光客も殆どいない超早朝の参道を5人のジジイが歩く。


 さあ~て、ここから悩む手前・・なやむてまえ・・786手前??そうここから本殿までは785段の石段を登らなければなりません。

 
 因みに金刀比羅さん奥社までは1368段もあります、行くウ!誰もそんな事を言う爺さんはいませんでした、私も行った事がありません。

 金刀比羅宮は大麻山(象頭山)の中腹に在る海運の神社ですが琴平の参道から登って金刀比羅宮本殿そして奥社と峰を歩き反対側を下山する、そんな大麻山縦走をしようかな!と女房に言ったら遭難したら恥ずかしいので止めてくれ!と一言。

 一歩一歩ゆっくりと登るのがコツですね、先はまだまだ長いです。

 まだまだ!?


 やれやれ!やっと本殿に到着です、先ずは・・二礼二拍手一礼・・


 本殿の在る所から琴平町・讃岐平野を見下ろす・・遠くに見える三角形の山が讃岐富士と呼ばれる標高421.9mの飯野山です。ロク爺がパチリ。


 温泉旅館の部屋から琴平電鉄の琴平駅が見えました
。
 この電車は琴平から高松築港まで凡そ1時間で走っていますが因みに、さくら爺も7年にもなりますか!通勤電車として利用させて頂きました。

 
 旅館の前で仲居さんにシャッターを押してもらって・・パチリ・・集合写真を撮りました。

 ふと!?後ろを見ると歓迎の中に我々の名前もあります・・気が付かなかったなあ~


 琴平から10分も走ったら善通寺です。

 善通寺で観るところは?と言いますので善通寺(地元の人は親しみを込めて“お大師さん”と言います)かなあ~、自衛隊の乃木館もあるよ!と言ったのですが結局は弘法大師(空海)生誕の善通寺をお詣する事にし、ロク爺とカズ爺は初めてなので本殿の後に弘法大師御影堂の地下に在る真っ暗闇の戒壇巡りをして弘法大師の有り難い講和を聞いて身を清めたのでした。

 さてレンタカーを返す時間が迫ってきました、ジジイの集団ですから、ここは余裕をもって移動すべき、でも最後にやっぱり本場讃岐うどんを食べないと・と旅館で朝飯を食べたばかりなのですが、これは別腹と釜揚げしかない店で徳利に入ったアツアツのイリコだし汁を茶碗に注ぎ釜揚げされたうどんを食べて満足!満足!。

 いよいよお別れです。

 皆さん遠い所から有難う・・では又会う日までお元気に。

 次は海外がいいねえ~とヨウイチヤング爺が言います・・・ですね。

 ご参考です。

 今回、川下りをした吉野川ですが一級河川で愛称は四国三郎です、因みに長男は坂東太郎と言う名の利根川で次男は筑紫次郎と言う名の筑後川です。

 現役時代に会社の重役が年始に来て徳島の吉野川を渡ると異口同音に言います・・この大きな川は何て言う川?

 そこで四国三郎・吉野川です・・と言うと!なあ~るほど・・じゃあ長男は?次男は?と必ず続いて質問をされます・・私も最初は・・ええ~と・となっていました。

 このブログを四国で働く現役の若い皆さんで見る機会がありましたら!これは知っておいた方が役に立つと思いますぞ!

 では今回はこれにて失礼します。





2015年6月13日土曜日

オリジナル金属ゼロへの挑戦 8/ 「左右主脚の製作」

[Ⅲ] 採用・左右主翼の製作 1/1
    重量軽減を図った左右主脚の製作

 前回のブログでは試作した右側主脚について完成重量が56gであり実機1/10縮尺重量40.9gに対して15g(27%)もオーバーしてしまったと報告致しました。
 まあ何とか形にする事は出来ると言う思いと採用には重量軽減を図って製作しなければと言う思いもあってこの際ですから左右の採用主脚を目指し製作しましたので以下、報告致します。



 右に在るのは試作主脚ですが主目的は軽量化を図る為に極力アルミで製作しようと言うことですので支柱径や長さ等の寸法は同じで型紙も変更なしです。


  真鍮材は強度・滑りや半田による接着を必要とする部分だけにしました。


 上が試作で下が今回製作した軽量化を図った採用主脚


 今回は正式採用の主脚ですから左右主脚の同時製作としました。
 タイヤ及びホイールの仕様変更はありません。


 主脚部品と組み立て後の写真です。




 次にオレオの製作ですがアルミは強度に難がありましたので真鍮材を使用しました。


 オレオ材については真鍮ではなくステンレス等の硬くて薄い金属が強度・重量から言っても望ましいのですが如何せん材料の入手が困難なために真鍮で製作しました。


 左右主脚の完成です。


  次に主脚覆板の製作と組立て
 試作では0.5mmアルミ板を使用したが海軍工廠図面ではモノコック構造になっており少しでも実機に近づけたいとの思いから図面に忠実ではないが加工の難易度もあり妥協ではあるけれども製作をおこなった。
 0.3mmアルミ板・木型・型紙


 タイヤ覆板の組立て


 細工はイマイチですがタイヤ覆板に厚みがある!?のが判るでしょうか。


 支柱覆板の製作と組立て
 タイヤ覆板と同様に0.3mmのアルミ板の覆板と0.5mmアルミ板の取り付け金具を製作して組み立てる 



 覆板を取り付けた左右主脚の完成です。


 完成した主脚を両面から見る。


 主翼のタイヤハウスに仮収納された状態です
 今後、市販の折り畳みユニットと組み合わせながら収納しなければならないのですが市販ユニットに合わせる形で再加工が必要になります、最悪は作り直しの可能性もあります。


 完成写真
 然して!その完成重量は・・51gでした。
 試作より5g軽くなったものの実機1/10縮尺重量より9g多いんだなあ~
 これ以上、真鍮材を減らす事は出来ないし・・んん~・・後は市販タイヤにするかですね、これ以上の軽減策を見いだせないので取り敢えず、これを採用して先に進める事としました。


  
 無謀な挑戦ですから難易度の高い部分から作ってみて出来るぞお~と思わないと年金暮らしのジジイにはとても高価な市販品を購入する投資ができません。
 そんな事もあって先ずは主翼を作ってみよう、次は主脚を作ってみようと投資の掛からないところから作っている訳ですが過日、友人がキャノピー(風防)はどうするの!?と言うものですから・・そうかあ~じゃあ~次はキャノピー(風防)を作ってみる事にするか・・と。
 キャノピー(風防)が巧く出来たら次はエンジンカウリングでしょうか、果たして滑らかな曲線の伴う加工が出来るのだろうか、勝算はまったくなし!?試行錯誤は覚悟の上ですが、これが楽しいんだよねえ~、これが出来たら後は根気の勝負で先が見えて来そう。
 続きはキャノピー(風防)の製作です。

2015年6月12日金曜日

前立腺摘出手術後の放射線治療を終了して


 放射線治療の紹介については先のブログ『前立腺摘出手術後の経過と放射線治療の開始』でお話をさせて頂きました。
35回の計画で始まった放射線治療ですが土日及び祝祭日はお休みですから結局は53日間と言う長丁場、期間禁酒と言う制約にも何とか堪えて副作用の症状もなく終了する事が出来ました。
 放射線治療最終日の夜飯時、いや~よくぞ禁酒に耐えて頑張った・・と誰も言ってくれないので自分で褒ながら350mlの発泡酒をグビリ・グビリ・プッハア~!美味い。
 そして電子レンジで温めた0.8合の人肌燗を一人酒!
 えっ!お祝いなんだからもう少し飲んでも良いんじあないのお~?私もそう思うのですが糖尿も患うジジイなものですから、そこは女房の目を気にしてしまうんですねえ~・・情けないっす。
 
 放射線治療 開始 2015年03月23日
       終了 2015年05月14日
       回数    35回(期間は53日)
 体外照射(高エネルギー放射線治療・6門)/回
       吸収線量  2Gy(グレイ)/回 

 治療そのものは朝の8時50分頃に治療室待合に行くと既に技師さんが待機していてくれて待つことなしに開始、一門の照射が14~15秒の様に感じられるのですが、それを左横から角度を変えて3門の照射、次に正面を避けて右横から角度を変えて3門の照射ですから照射するトータルの時間は90秒ぐらいです。
1回/日の治療にかかる時間としては準備を含めて10分ぐらいでしょうか。
6門の体外照射と言うのは左側で3回、右側で3回と言う事らしいです又、正面からの照射が無いのはやはり放射線ダメージを受けやすい腸管の被爆を最小限に抑えるためなのでしょうか・・聞いていないので想像ですが。
放射線科医も放射線技師さんも副作用の頻尿は大丈夫ですか?と聞いてくるのですが頻尿に関しては放射線治療前も酷い頻尿なので区別がつかない・・頻尿については泌尿器科医から頻尿改善の薬を処方されているのですが、これはこれで便秘の副作用があるらしく便秘になったら、これまた難儀なので飲んでいないのです。
ホンマに何で下半身に集中するのかなあ~若いころ不摂生をしてきたジジイに与えた神仏の罰なのかあ~と・・一応の反省はするのですが。
現役時代に仕事で扱ったラジオアイソトープ・・ひょっとしてこれが放射線に対する耐性?そんな訳はないっか、糖尿病外来で検診を1回/月で受診しているのですが、その担当医に、その様な事を言ったら“アッ!はっはっはっ、それはないでしょう”・・ですね。
それと、糖尿病検診では血小板数の経過観察もおこなっており放射線治療17回を終了した時点での血小板数が前回13.3×104個/μℓだったのが10.7に下がっていて放射線治療の副作用も疑ったのですが35回終了後の測定では11.9×104個/μℓと上昇していましたので関係なさそうです。
何れにしても副作用も無く放射線治療が終了して良かった!ヨカッタ・・ホンマに。

放射線治療を終了して二週間経過後に泌尿器科外来を受診、尿と血液検査の結果、尿は綺麗なオシッコです、血液検査では異常値は認められない、PSA値も問題なし、と医師から言われて今回もホッと一安心したのでした。

「放射線治療後のPSA値」



 これで一連の治療は終了と言うことになり後は定期の外来検診となるのですが前立腺はPSA値の経過観察そして膀胱は恐らく3ヵ月毎になると思うのですが膀胱内視鏡による経過観察が暫くは続くものと思っています。
 余談ですが使用する膀胱内視鏡が古いので早くハイビジョンの新型内視鏡が導入されれば良いのにと、本当に凄い差が・・何時でしたか新型のデモ器で観た時にはスゲー!と思う程に視野が広く画像が鮮明でした・・やれやれ!こんな時にも現役時代の商売気がでるとは何とも・何とも。
 そうそう、もう一つ余談として今回の手術そして放射線治療にかかった医療費についてもお話をしておきますね、何気なく使用している健康保険ですが国民皆保険の制度がなかったら、と思うものですから。
 
 手術及び前後の検査費等を含む医療費の総額は ¥1,302,420.-
 3割負担額と高額医療認定による支払額は     ¥167,364.-

 放射線治療の医療費総額は            ¥339,601.-
 3割負担額と高額医療認定による支払額は     ¥172,237.-

 命に関わる事ですから金額の事を言うのは如何なものかとも思うのですが健康保険制度の大切さと高額医療認定制度の有り難さと言うものを痛切に感じるので記述させて頂きました。
 又、不慮の事故を含め病気に罹る事のリスクを考えれば貯蓄の必要性と生命保険の加入は必須と言う事ですね、若かりし頃は貯金も無く遊んでばっかりでした、思い返せば恐ろしい事です。
 やっぱ!我が女房どのの貯蓄癖と浪費癖亭主の操縦法には感謝しなければなりません。
 えっ!生命保険の方は?それは勿論、給付金請求をして過日入金していますが高額掛け金保険ではありませんので給付金額については、お恥ずかしいのでこの場でのご披露はご勘弁下さい。
 “朋遠方より来る有り、亦楽しからずや”と言うのでしょうか放射線治療が終わって副作用の症状も無く日課のウオーキングも10000歩/日に戻った日に会社OBの爺さん達が私の快気祝いだ!と称して四国は善通寺に来てくれました。
 有り難い事です。

 1日目は高知市内のビジネスホテルに泊まって外食は旬のカツオタタキで一献、翌日は我が地元の金毘羅温泉に泊まり会席で一献、次回はそんな爺さんの一献旅行のお話をさせて頂きましょう。


 太平洋は広いぜよ!