さくらじい残日録 9月号ではプロローグと称して弘法大師生誕地 善通寺についてお話を致しましたが10月10日~12日の3連休に本編である高野山と吉野を旅してまいりました、信心と言うより呑み旅行!?・・まあ~そんなお話を致しましょう。
昨年の伊勢旅行ブログで書いたかもしれませんがこの集まりは現役の方もいますが元会社のOB会ですから札幌・横手・東京・名古屋・広島そしてサクラジイは善通寺とバラバラなので南海電車の難波駅が旅の起点となったのです。
広島のシゲ爺とは岡山駅で停車する新幹線車輛内で合流する為に時間を合わせた高知から来る特急南風に乗車したのですが丸亀を過ぎて瀬戸大橋に入り暫くすると列車のスピードが落ちて橋の中間ぐらいで停止してしまいました。
”業務連絡・業務連絡“運転手、至急3号車に来てください、んん?何事が!?
通常であれば車輛窓から望む瀬戸内海の景観を邪魔する様に流れる橋桁が、こんなにもクッキリ見える事はありません・・ヤバイなあ~・・不安が。
小走りに3号車へ向かった運転手が3分ほどで戻って運転席について列車は徐々に走り出し先ずは良かった、大事ではなかった様です。
具体的な車内放送はありませんでしたが結局5分遅れで岡山駅に着いたのでした。
どうも!?こう言うアクシデントはサクラジイが呼ぶのかもしれんなあ~ハワイ便が機材故障で引き返したのもアメリカ東海岸旅行ではシカゴ~ボストン行の飛行機がボストン上空の気象条件悪化で飛ばなかったのも、そしてカンボジアから帰る時ベトナムでの乗継便が急遽、搭乗ゲートが変更になって走らされたり・・うんん~俺かなあ~!?
広島から乗車したシゲ爺とは無事に新幹線車両内で合流し新大阪駅を下車して南海電車の難波駅で同行の爺さん連中と合流。
ええ~と高野山行の電車は何番ホーム?
世界遺産 高野山巡り旅の始まりです。
丁度8人ですから椅子を向かい合わせにして先ずは一献、幹事さんが用意した常温冷酒??をプラコップに注ぎ札幌のアオ爺が持ってきたトバと・・ええ~と何だっけ?ホタテの貝柱?をつまみにして・・徐にやあ~シバラク・・皆さん元気そうで何よりの再会となりました。
高野山駅からはバスに乗り10分程で高野山中心部に無事到着。
ここが高野山別格本山「福智院」の山門です、両脇には“阿吽の仁王じゃあないなあ鬼みたいに見えるけど??
15時にチェックイン?そしてここが宿坊のフロントになります。
チョット一休み、夕食は18時からと決定して先ずは旅の主目的である密教の道場 真言宗総本山 『金剛峯寺』を詣でご本尊にご挨拶をしなければ般若湯も頂けない!?と
インターネット検索によると総本山 金剛峯寺と言う場合、金剛峯寺だけではなく高野山全体を指す。
高野山は一山境内地、つまり山全体が境内で金剛峯寺の所有地である。
この境内には177ケ寺あり、そのうち52ケ寺が宿坊として詣でる方の宿を提供している。
金堂が高野山の総本堂となっている。
と説明されていますが詳しくはインターネットにて「金剛峯寺」を検索して下さい。
まあ~何故!?高野山の地に密教の道場を開創されたか、その云われについても金剛峯寺のホームページで説明されています。
ふ~むむ・・成る程!?
金剛峯寺のお庭「幡龍庭」紅葉もこれから綺麗になるのでしょうね、本格的紅葉にはチョット早かったかでしょうか。
庭園外のモミジもこんな感じでした。
そしてここが金堂、高野山の総本堂になります。
さて、中門を出て宿坊・福智院に・・風呂(温泉)に入って精進料理で般若湯を頂きましょう。
これも目的の一つですからね。
精進料理ですが美味しかったです、ボリュームも適度で67歳の爺さんには丁度良い。
完食でした。
勿論、般若湯ビールから始まって般若湯冷酒と・・今日は特別の日ですから糖分の過剰摂取も今宵はご容赦と致しましょう。
面がわれている!!とクレームがつくかなあ~、でも不鮮明ですから大丈夫!?
こんな何時もの雰囲気での夜会食となりました。
会食が済んで部屋に戻り再び冷酒!?当然の成り行きですが写経が在りますのでセーブしたのは言うまでもありません。
写真撮影する事は出来ませんでしたが写経場へ入り座布団のある位置に座ると机の上にはトレーシングペーパーが重ねられた般若心経と筆ペンが準備されていました。
担当の住職から一通りの説明を聞き、イザ!筆ペンを持って透けて見える般若心経をなぞる写
経の開始です。
部屋には、そうですねえ~20人くらいでしょうか、写経は終わった順に退出して良いと言う事で私は1時間ぐらいで書き上げての退出でした。
何せ正座しての写経ですから我が足は長く正座に耐えられません30分に中座してトイレに!そうして半分を過ぎるころから元々下手な字がますます下手が目立ってしまうのですが・・・やっぱり修業が足りませんです。
翌朝は早朝6時から本堂でのお勤めに参加です。
皆さん真面目に6時には起きて行った様ですが私は正座もアグラも苦手ですから遅れて7時前、経が終わる少し前に本堂の扉を!そお~と開けて、こっそりと座ってご本尊様に向かって手を合わせ“はんにゃあ~心経”
講話はシッカリと拝聴させて頂きました。
2日目、軽くビールを飲んで朝食を済ませ荷物は宿坊の福智院さんにお預けし身軽になって奥の院へバスで移動。
奥の院への入り口です、皆さん手を清めて参拝致しましょう。
ここから先は、ずうっと!お墓が続きます。
大阪は浪花千恵子さんとの漫才コンビで人気のあった花菱アチャコさんの墓前!!
んん!?織田信長さん・・本能寺で明智光秀の謀反で死んだ??
本能寺の焼け跡を光秀が必死に探したけれど遺体はおろか骨さえも無かったと歴史では教わったけどなあ~??
奥の院・弘法大師御廟・・と言う事は弘法大師・空海さんは善通寺でお生まれになり、ここ高野山でお亡くなりになられた。
ここは刈萱堂で御廟は拝観していない・・今となっては??
最初に調べていないから、こう言う事になるのですね・・
へえ~~と思う事しきり・・です。
奥の院から徒歩、高野山霊宝館を見学して宿坊・福智院、荷物を持ってバスに乗車し高野山駅に。
幹事さん、ゴメンナサイ!面がわれてしまいましたが、お許し下さい。
ここは橋本駅を下車しての駅前食道ですが高野山での昼食は人が、いい~ぱい!!いてとても食べられる状況ではなかったのです。
空腹を満たしJRに乗り吉野口駅~近鉄に乗り換えて吉野山駅に下車。
吉野山駅では宿泊温泉旅館から迎えのマイクロバスが待っていました。
吉野山温泉 「宝の家」到着16時、部屋の窓からは吉野山が一望でした。
山の斜面、白い部分は千本桜などと呼ばれる桜ですね、サクラの季節はとても宿泊は困難かと思われる程の賑わいになるそうですが!?
やれやれ今日も歩いたなあ~13933歩、10000歩/日のノルマ達成です。
散策は明日にして、先ずは吉野山を観ながら温泉の野天風呂に浸かってクタビレタ足腰を癒しましょう。良いもんですなあ~極楽・極楽!?
なになに!長年勤めあげ会社の発展に貢献してきた功労者を自負して憚らないジジイの集まりですから何ら臆する事はない・・・ですよね。
因みに左の手前から二番目に座る頭の光ったジジイが私こと、さくら爺でございます。
この16日で68歳に・・・あれれ!?私が一番年上とは・・・。
約2時間の宴会も終わり、帰った部屋での二次会は言うまでもありませんです。
秋田から来たキヨッさん爺は都合により早朝に帰宅して行きました。
ビールで喉を潤し朝食を食べ、ここでも旅館に荷物を預けて散策に出かけました。
世界文化遺産 金峯山修験本宗 総本山金峯山寺(KINPU SEN-JI)
説明書きには
大和の国、吉野から大峯山 山ケ岳にかけての一帯を金峯山(きんぷせん)と称し修験道独特の本尊、金剛蔵王大権現を祀る。
秘仏 金剛蔵王大権現 御開帳は10月31日~12月6日と言う事で残念ながらお顔を見て拝む事は出来ませんでした。
因みにクドイかもしれませんが私の様な凡人には大権現などと言うと徳川家康??なんて勘違いしそうですから、チョット調べてみました。
権現とは権(例)に現れると言う意味で、本地仏の釈迦如来(過去世)、千手観音(現在世)弥勒菩薩(未来世)が権現されて過去・現在・未来の三世にわたる衆生の救済を哲願して出現されました。
また、金剛蔵王とは、金剛界と胎蔵界を統べると言う意味も表しています。
本堂(蔵王堂 国宝) 天正19年(1592年)の建立とありました、中に入って柱を構成する原木の太さには驚かされます。
再び10分ほど歩き向かったのは吉永神社。
吉永院であった文治元年に兄頼朝の追手に逃れた源義経と静御前が弁慶と共に隠れ住まわれた。
そしてここは南北朝時代に南朝の本拠(四帝御所)として南朝皇居となった。
吉永神社を出て再び吉野山を望む・・・考える事は・・・。
満開の桜が咲き誇る吉野山!?観たいけど無理や、なあ~
旅館のマイクロバスで送ってもらい近鉄吉野駅に。
高野山巡り旅の終盤です。
チケットは大阪まで・・・です、あっ!?マモッちゃん爺は京都まで。
幹事さん有難う良い旅でした。
そして皆さんお疲れさまでした、どうぞ元気で来年も楽しく飲みましょう。
と言う訳で皆さんとは近鉄の大阪で分かれ私とシゲ爺は新大阪で弁当と缶ビールを買って博多行ひかりに乗車、早いものですなあ~暫し歓談しながらの1時間弱、あっと言う間に岡山駅に到着。
シゲ爺とは、ここでお別れです。
ほんじゃあ~元気でと土讃線は特急南風に乗車して善通寺への帰路についたのでした。
ここで一つ最後の失敗談
南風内では少々暑かったので娘の亭主からプレゼントされたハンチング帽を脱ぎ無造作に座席
に置いていたのですが善通寺で降りて改札を出て外に出たら何かが物足りません。
あっ!?気が付いた時には特急南風号、高知へと向かってガガガー・・(ローカルですから高知までの土讃線はディーゼルなのです)と言う音と黒い排気ガスを吐いて走り去って行きました。
いやはや!ナンカあるんだなあ~
コンバインで刈り取ったモミを軽トラに積んで農協のカントリーエレベータに搬入する。
0 件のコメント:
コメントを投稿